四ケ村溝(しかむらみぞ)
江戸時代初期の儒学者で土佐藩の重臣、野中兼山(1615〜1663)が、
中村平野の秋田村、安並村、佐岡村、古津賀村の水田灌漑用に開発した用水路
(四ケ村溝延長約7.5Km灌漑水田82ha)である。又、水を汲み上げる為
の水車が3月から8月頃までのどかな田園風景をいろどる風物詩と成っている。